【富士コンピュータが描く未来と福島】2021年9月25日放送分

ゲスト:富士コンピュータ株式会社 代表取締役社長 森 和明さん

大楽

前回は AI搭載介護ロボット「ふくちゃん」の話を中心に伺いましたよね!

【浪江町発!介護ロボット「ふくちゃん3号」】2021年9月18日放送分

田巻

ふくちゃん、いろいろな機能をお持ちでしたよね!

大楽

今週はですね…本当に社長がいろんなことをされているので、ユニークな経歴も紹介したいと思います。

今回もリモートでのお届けです!

森社長、よろしくお願いいたします!

森さん

よろしくお願いします。


森社長のユニークな経歴

大楽

それでは、森社長の個人的なことをいろいろお伺いしていきたいと思うので…。

まずは森社長のご経歴を紹介していきたいと思います。

1951年、1月1日生まれという…!

田巻

すごいですね!

大楽

そして兵庫県加古川市出身。大阪電気通信大学工学部電子機械工学科卒業。
1974年 富士通に入社。
1979年に独立し、富士コンピュータ販売を設立。(2013年 富士コンピュータに改称)。
1999年 情報技術学院を設立。
2008年 広域通信制単位制高等学校・相生学院を設立。

現在、富士コンピュータ株式会社代表取締役。

そして相生学院高等学校理事長でいらっしゃいます。

田巻

すごい経歴過ぎて色々突っ込みたいところがあるんですが…!

まず森社長、大学時代は具体的にどんな研究をされていたんですか?

森さん

私、コンピュータークラブの部長をしておりまして、そこでシミュレーションの研究をしておりました。大学では…授業中に先生の間違いを指摘するような…イヤな学生でした(笑)

大楽

先生から一番嫌われちゃう生徒じゃないですか!(笑)

森さん

それこそ教授から嫌われておりました(笑)

そして大学三年生の終わりごろに教授から、大阪市立大学にコンピューターが入るんだけども、そこにはコンピューターがわかる人がいないからと。そこに行ってエンジンとコンピューターを繋いで制御する研究…いまでは日本中の車にコンピューターが積んでありますが、その日本の第一歩になるような研究を、二年間大学院でやっておりました。

田巻

すごくないですか⁉先生から勧められて研究するなんて・・・!

森さん

私がはじめて大阪市立大学に行った日に教授が、森くん、コンピューターのプログラムについて…アッセンブラという言語について授業をしてくれないかと言って…初日は私が教授とか大学院生を集めて授業をしました

田巻

えっ!?なんでそんなに森社長は知識が豊富だったんですか?

森さん

私はじつは、学生運動の盛んだった時代に、学校に行っても学校で授業がありませんので、夜間のコンピューター学校に通って勉強し、さらに自分たちでコンピュータークラブをつくり、自分たちで勉強しておりました。


大楽

富士通時代に森社長が取り組まれたことって何だったんですか?

森さん

私は入社当初システムエンジニアだったんですが、上司から「君、街に出てコンピューターを売ってこい」と。で、街をさまよい歩いてコンピューターを売って回りました。その結果私はトップセールスになりました。

田巻

すごい・・・!

大楽

富士通に入社したのは1974年で、1979年に独立されてますよね?
このあたりって、日本にちょうどパソコンではなくて「マイクロコンピューター」という名前が知れ渡り始めた時期ですよね?

森さん

その当時、オフコンというのがあったんです。パソコンの前に。

大楽

そうなんですか⁉

森さん

オフコンを売る会社を作ったんですが、すぐその会社はパソコンに代わりまして、売り上げが1台売っても10分の1くらいになってしまいました。

田巻

「オフコン」って初めて聴きました…!

大楽

オフコンというのは、オフィス用のコンピューターなんですか?

森さん

そうです!

オフィスコンピュータ - Wikipedia

大楽

そこからパーソナルコンピューター、個人用ということになっていったんですか?

森さん

そうですね。

2000年問題というものが発生するということで、仕事がなくなるということでコンピューターの学校をしようということで、SE(システムエンジニア)の余った人間たちで情報技術学院をつくりました。

2000年問題 - Wikipedia

田巻

なるほど。そこで教育の分野に進出されたんですね!

ちなみに教育の現場からご覧になった日本の将来、どのように見えていますか?

森さん

私は、世の中、世界中見渡すとコンピューターで成功している人を見ますと、みんな高校時代にスタートしてるんですね。で、年を重ねてからだとダメだから、高校生を教えたいなと思いまして、今から13年前に、相生学院高等学校いう通信制学校を作りまして、そこで ICT のコースを作って、そこで教えたりしてSEを養成しています

相生学院高等学校

https://aigaku.gr.jp/

日本が世界に勝つためには、コンピューターの技術力がないと世界から置いてけぼりになるという感じております。いまでも中国がすごく上ですが、それに負けないためにはコンピューターの技術者を養成しないといけないなと思っています。


富士コンピュータの未来

田巻

森社長が描く、富士コンピュータの未来について教えてください!

森さん

うちは「みんなが自分らしく生き、共生社会の実現を目指すこと」企業理念として掲げています。

ですから具体的には、AI技術をもって高齢化社会を救いたいと考えています。

富士コンピュータ株式会社 AI技術研究所

https://ai-giken.net/blog/page/2/


それから、日本の未来をこれから支えるのは青少年やと思いますから、不登校やいじめに遭っている、ひきこもっている青少年に自信を与えたいと思っています。

それから、お年寄りも含めて失業者のいない社会にしようと考えています。

いまの時代はどこでも仕事ができる社会環境をつくる必要があると。今回の収録のように、いまテレビ会議ができる時代になりましたので、うちの社員でも何人もが在宅勤務をしたり、いろんなところで仕事したりしております。

それから、異業種とのマッチングが大事だと考えております。福島の地場産業とマッチングしながらやっていきたいなと思っています。

森社長と「ふくちゃん」

大楽

福島というキーワードが出ましたけど、浪江町と一緒に描く未来、もしくは福島県と一緒に描く未来っていうのはどのように想像されてますか? 

森さん

福島に対して、抱えているいろんな問題があると思いますが、私は福島の役に立つことがやりたいなと。私の父が日本に帰還した時の場所ですから。

福島で役に立つこと、すなわちいろんな災害や原発を乗り越えた、世界に発信できるビジネスの発信スタート拠点になるべきやと思ってるんです。それが私にとってはAIロボットなんです。

いま私たちは介護ロボットをやっておりますが、次は医療用ロボットを。特に今問題になっています、うつ病を治すロボットをつくろうというふうに考えています。

大楽

既に具体的に動いてらっしゃるんですか?

森さん

もうスタートを切っております。 

田巻

何に対しても森社長は全力で、いままでのお話全てに刺激を受けました。

森さん

ロボットを作るだけやなくて、人づくりも浪江でやりたいと思っております。

ハードとかものじゃなくて、人づくりから入るべきやと。
私が携わった会社はいっぱい人を雇って、その人たちは何年かしたら自分が力がついたと思ってやめて、立派な会社に転職していく人間が多いんです。わたしはそういうことが最初残念だったんですけど、最近では慣れとなりまして。

福島において私らが養成した人間が、その地域で頑張って第二第三の富士コンピュータのような会社が生まれたらそれでいいというふうに思っています。

大楽

器が大きいですね本当に。

田巻

ひとのために福島のために…それがこう福島の未来だったり日本の未来がすごく明るくなるなって思いました。

貴重なお話をありがとうございました。

二回にわたって、富士コンピュータ株式会社 代表取締役社長 森和明さんに お話伺っていきました。

ありがとうございました!!

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