【ムラコシ精工】2020年11月14日放送分

おはようございます。FirstMaker希望のストーリー。大楽聡詞です。この番組はふくしま FM と茨城放送の2局をネットしてお送りしていきます。
新しい時代を切り拓き、日本に新たな産業を起こそうとしている企業や研究者にスポットを当て、彼らが目指す未来をお聞きし、震災の復興、そして新しい産業のリアルタイムな情報をリスナーの皆さんに感じてもらおうという番組です。

そして番組アシスタントは……

田巻果奈です。よろしくお願いします

大楽
よろしくお願いします。
田巻さん、前回は1回目ということでかなり緊張していたようですが2回目どうでしょうか。

田巻
いやまだ緊張してますよ。大楽さんがどんどんどんどん先に行ってしまうようで。
追い付けるように頑張ります。

大楽
よろしくお願いします。
田巻さんは福島県いわき市出身の現役大学生で、まだラジオには慣れていないということですが、震災以降地元のアイドルグループとして活動していたという度胸、かなりありますからね。

田巻
はい。地元のアイドルグループに一期生として所属し、復興のために様々な活動をしてきました。

大楽
名前は何というアイドルグループなんですか。

田巻
いわき市公認ご当地アイドルアイくるガールズです。公認なんです。

大楽
公認なんですか。いわき市が。

田巻
そうです。市長公認なんです。

大楽
色んな活動ということなんですけど、具体的にはどのような活動を。

田巻
具体的には、震災の復興のためにできたグループなので、仮設住宅に訪問したり復興イベントに出たり。福島県は原発事故があったところなので、その風評被害を払拭するための、県外に出て PR 活動とかライブとか、いろんなことしてました。

大楽
じゃあ結構色んな場所に行って色んな人たちに会いましたね。

田巻
本当ですね、全国色々いってましたね。

大楽
いろんな人たちに会った中で感じたこととか思い出はありますか。

田巻
一番思い出があるのは仮設住宅ですね。仮説住宅に私達グループとして行ったんですけど、その場で雰囲気がまず違って。ボランティア活動で県外の方、様々な地方からみんないらしてて、みんなでカレー作ったりとかダンスしたりとか、いろんなイベントとかしてて。いろんな地域の方々がその福島のために一丸となってやってる姿を見て、人って暖かいなと思って。

大楽
それをじゃあアイドル活動をしていた――中学生くらいですか。

田巻
そうですね、まさに中学生のときですね。

大楽
それは自分でパワーを与えるんじゃなくてパワーをもらった感じもありますか。

田巻
逆にもらいましたねそこで。頑張ってる人達見て自分も将来こうなりたいなって思いましたね。

大楽
10年ですからね。(震災)当時小学生で、アイドルとして中学生、高校と活動しまして、田巻さんも立派な大学生になる時間が過ぎたわけですが。10年ね。あっという間ですね。

田巻
本当ですね。

大楽
皆さんも、この10年のこと様々な思いがあるかと思いますが、同時に福島でも茨城でも新しい動きが進んでいます。特に新しい産業や会社ができて、これからの日本をつくる、という企業がたくさん生まれてきています。そんな企業や人を紹介するのが、このFirstMakerです。

田巻
私の住んでいたいわき市でも県外から移り住んできた人もいたりとか。新しいコミュニティができたりとかもしていましたよ。

大楽
もちろんいままで住んでいた方、働いていた方、企業も努力をしてきたわけで、それから新しい事業に取り組んだりしている人もいます。
ということで、今週も引き続き株式会社ムラコシ精工村越雄介さんをゲストにお招きしてお話の続きをお聞きしていきましょう。

今日のゲスト:株式会社ムラコシ精工 村越雄介さん

大楽
村越さん今週もよろしくお願いいたします。

宜しくお願いします。

大楽
先週のお話をまとめますと、ムラコシ精工住宅内装用機能金具自動車関連部品などを作られている会社です。自動車関連部品に関しては福島県いわき市に勿来工場があります。2011年東日本大震災では被災した工場を立て直しながら、現在では太陽光発電――グリーンパワー事業などに取り組んでいます。

村越さんがご実家を継いだきっかけをお伺いしてもよろしいですか。

村越さん
私が入社したのはちょうど30歳ぐらいなんですけれども、それまではいろんなことやってたんですね。違う会社も勤めてましたし、その前はカナダに住んでたりとか。留学でもないんだけれどもちょっと知り合いの家で。
で、色んなことやっててそろそろ帰ってこいやというメッセージを感じまして入社したっていうのがあるので、普通の皆さん跡を継がれるような方の熱い思いというのは実はあんまりなくて入社したというのがあるんですけどね。

大楽
そうなんですか。当時はあんまりなくて。

村越さん
そうですね、当時はあんまりなかったですね、実を言うと。どっちかと言うと嫌だな嫌だなと思って入ったっていうのは。思ってましたね。

大楽
それが先週からお話をお伺いして、前向きになったのっていつぐらいからなんですか。

村越さん
元々ですね、相反する話になっちゃうかもしれないんですけど、モノ作りが大好きなわけですね。自分で何かもの作ったり、工場が大好きだとかそういう個人的な興味はあったので、入社して仕事するとそれなりに面白みを見つけていくというか、これは自分に向いてるなとかそういう部分があるなとは思いましたね。

大楽
村越さんが会社に入社してから自分で開発したものとかってあるんですか。

村越さん
商品自体はあれですけど、仕組みとか工場の改革だとかは全部やってきたんで。今特に車の方の事業はですね、ずーっと関与してたんで、もう今は本当に僕がやりたいような工場にだんだんなってきたなという気はします。

大楽
それってやっぱり結構時間もかかったんですか。

村越さん
かかりましたね。20年かかってますね。未だに終わらないしね。
そういう個人的な思いっていうのは後からついてきた感じで。やっぱり変えてかなきゃいけないという気持ちもあったし。それ以前に今回のテーマにもある震災だとか、その前のリーマンショックだとか色んな荒波があるので、それをなんとかクリアしてこうと思ったら20年たっちゃったなっていう気もしますけどもね。

大楽
村越さん、本社自体は東京ですけど会社は福島で、それ以外にも茨城とか福島結構よくいろんなところ来られるそうですね。

村越さん
そうですね、実を言うと私いわき地区に家を持ってるというか、工場にいるときの過ごす家があるんですね。実際には茨城県に入ったところの北茨城市というところに家を持ってるんですね。海の目の前でいいところなんですけど。

大楽
いいところって(こちらが)いう前にご自身で。

村越さん
自分でも言っちゃう。それぐらい気に入ってるんですよ。でまあ茨城も福島も両方いいところを非常に感じているし、僕はもともとアウトドア好きなんで、東京以上にそっちの方が思い入れがあるかもしれないですね。

大楽
アウトドア好きですと茨城とか福島って山とかもあるし。

村越さん
山、海、すべてあるので。食べ物もおいしくて。本当にあの仕事と両立できるところにそういう場所があるといいなと思いますね。

大楽
昔からそういう風に楽しみながら遊んでたっていうので、会社をやる上で、

村越さん
それはよく言われますね。
やっぱり興味があることしかしたくない人間ではあるのかもしれないですけど、ちょっと真面目な話するとですね、自動車部品にしても住宅部品にしても機械、三つの事業ですね、どれをとってもですね、非常にやっぱり辛いんですよその仕事の要求されるレベルが。で、やっぱり僕自身は工場でもの作れるわけじゃないので、誰かが、社員が代わりに作業してくれなきゃ困るんですけども、その人たちがやっぱ快適に面白く過ごさないと僕は駄目だと思ってるんですね。その駄目っていうのは会社にとっても駄目だし製品としても駄目。特に車の部品なんてのは命を預かる部品なので、社員さんのモチベーションの高さってのは非常に大事だと僕は思ってるんですね。
だから20年間入社してから色々改善してきたのも、どっちかっていうと社員の待遇を良くしてこう良くしてこういうことで改善してきて、結果的にそれが生産性が上がるっていうか。例えばもっと不良がなくなるだとか、生産がもっとよくできるよ原価低減できるよとか、そういう感じになってきて、非常にいい好循環になってきてるのかなってのは感じます。

大楽
やはり人なんですかね。

村越さん
それはありますね。もう結果は人が作りますからね。

大楽
この番組を聴いて新規事業を志す人たちに村越さんから伝えたいことってありますか。

村越さん
やっぱり何をお客さんが求めているかっていうのをいつも考えないと。商売の根源ですからね。それを分かった上で、色々と自分が興味のあることあると思うんで、それを追求されるのがいいんじゃないかなと思いますね。
例えばぼくが入社した時は実家だからっていうことなんですけども、自分で起こそうっていうのはその中でもできるわけです。僕が先ほどお話したように自分がこうした方がいいなと思ったことはできてきたから、モチベーションが上がってきた。グリーンパワー事業もそうですね。そういう意味では全くまっさらな状態から自分で始められる方はやっぱりやりたいことやるのが一番いいんじゃないかなと思うし。
日本は非常にレベルがいろいろ高いですよね。例えば食べ物にして言えば食材は素晴らしいしその料理する技術とか情報量もすごい。何でもできるじゃないですか。そういうのも含めて究極のものは料理だと思ってるんですけどね。そういう意味では日本ってポテンシャルが元々高い。同じようにそんなに色んな製造業ありますけどすべてやっぱり基礎レベルが高いから、高い次元のやっぱりスタートできるんじゃないかなって気がします。

大楽
なるほど、生活レベル自体がそこからスタートと言うことですね。

村越さん
例えば我々で言えば金属加工ですけども、金属加工はベースが高いじゃないですか、材料もひとも能力も。そういったところで日本ってのは起業するにはいい場なんじゃないかなっていう気はしますけどね。

大楽
田巻さんなんか海外とかではなくて日本で起業してくという意味ではパワーもらえるんじゃないですか。

田巻
確かに、また新たな考え方ですよね。すごい刺激もらってます。

大楽
この後もぜひ、村越社長から刺激をいただきたいと思います。


大楽
今週は先週に引き続き、株式会社ムラコシ精工 代表取締役社長の村越雄介さんをお迎えしています。
村越さんは東京だけじゃなくて福島を行ったり来たりしてお仕事をされてるかと思うんですけど、新規事業を福島で取り組んだりする中で感じた事ってありますか。

村越さん
福島ってのはまず土地的に魅力がありますね。例えば浜通り中通り会津はそれぞれ特色がある地域があってそれぞれできることはまた違うと思うし。人も非常に良いと。人柄ですね。例えばいわきなんかだと温暖な土地なんだなと思うようなほがらかな人も多いし、また中通り会津の方に行くとしっかりした骨太のようなガッチリした考えを持ってる人が多くてですね、土地柄が非常に面白いなと思ってて。それぞれやっぱりまじめさがってのもあると思うんですよ。
そういうところで事業をやるのは非常に良い部分もあると思うし、またですね、あの震災後なんか特に、いろんな特区だとか補助金だとかってのを非常に手厚くして頂いてるんで、そういうのも非常にありがたいですね。
あともう一つ、やっぱり今いろんな企業さんが福島とか東北に出てきて、だいぶ横のつながりってのがこれから見えてくると思うんですよね。そういったところはちょっとうまく使って何か今後やっていければと思いますね。

大楽
なるほど。村越社長が何か新しい刺激的なところ、また0→1が好きな村越社長から新たなものができる可能性もあるということで。

村越さん
そうですね、そうしたいですね。

大楽
最後に若者へのメッセージというか。目の前に田巻さんもいらっしゃるんでもしよろしければその言葉を伺えればと思うんですが。

村越さん
先ほどお話した話と繋がるかもしれないんですけども、日本って今いろいろ大変じゃないですか。例えば天災が多いよね。地震、火事。色んな災害が多い。そのうえで毎年毎年色んな苦労もあるし、今なんか特にコロナでほんと世界中が委縮しちゃってるところで。
大変なんですけれども、うちはですね、100年間色んな災害、色んな事を経験していっても何とか頑張ってこれてるんですよね。ですんで、やっぱり何があってもなんとかなるやっていう明るい気持ち、これ大事だなと思うし。
まあよく経営者の人たちはピンチはチャンスだっていうけれども、あれでも間違いじゃないと思ってるんですよね。何かこう新たなことができるなとはいつも思ってるんで。そういうこう前向きな気持ちは絶対忘れないでほしいなと思いますね。

大楽
先週そして今週と株式会社ムラコシ精工代表取締役村越雄介さんのお話を伺いました。本当に2週に渡って素晴らしいお話をありがとうございました。

村越さん
ありがとうございます。

エンディング

先週・今週と株式会社ムラコシ精工村越雄介さんにお話を伺いました。

ムラコシ精工の商品とかを見るとどうしても固いイメージじゃないですか。でもあの村越さんの人間性に触れるとすごく幅があると言うか。
若い時にあれだけ苦労して海外にも行かれたとかいう話で、今の会社に入ったのは30歳からでっていうお話もあったんで、やはり色んな所にいて苦労してるからこそ今の村越さんがあって、その村越さんに集まって来る人たちがいるんだろうなーっていうのを僕は感じましたね。

私も同じことも思いましたし、一つの事を徹底的に貫くその熱量がすごいなと思いました。
あとはあらゆる視点から物事を捉える視野の広さ、あと何事にも動じない度胸とか。これから大学で今将来を考える時期なんですけども、私も視野を広げたいなと思いました。

好きなものを仕事にするってのをおっしゃってたんでね、もし田巻さんも進路に迷ったら。自分の中で本当に好きなものが何かを考えて、それを仕事にもっていく方法ってのが一番いいかもしれないですね。

そうですね、活かしたいですね。

皆さんはいかがだったでしょうか。